人生の転機とこれからについて

ヒビノコト

大阪北部地震での被害はありませんでしたが、大阪北部地震をきっかけに、弟そして両親と連絡をとりました。昔のようにいがみ合うこともなく、表面上は普通の家族としてやっていけそうなレベルに落ち着いたなぁと思っています。

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毒親だった両親

折に触れて記事の中にも書いてきましたが、両親は私にとって毒親でした。暴力や折檻も日常茶飯事でしたし、私が家をでるまで私を支配下においておきたくて、理由のない人格否定もずっとされ続けてきました。

鬱や不眠は両親と離れることで長らく時間はかかりましたが改善されました。暴力による恐怖症もずいぶん克服しましたがそれでも時折顔を覗かせます。一生付き合っていかなければならないのかもしれません。

生きているうちにわからせたかった

10年ほど前から家をでようかと悩んでいました。結局家をでたのは7年前でしたが、結論からすれば悩んだ3年は全くの無駄だったかもしれません。家族だから仲良く出来るならしたいともがいた20代でしたが、さっさと出て両親からの呪縛を解いていればもっと早くに今の状態だったかもしれません。

逃げる場所なく両親と戦い続けた20代でしたが、久しぶりに会って何故私が出て行ったのかをまるで理解していませんでした。夫はこうして会う前から、多分両親は理解してないと思うよと言っていましたがその通りでした。

今回、両親には下記のことを面と向かって伝えました。彼らが私に言われたことをどのように捉え理解したのかはわかりません。でも、生きているうちに自分の言葉を両親にぶつけることができたことだけでもずいぶん気持ちが消化されました。

  1. 両親の虐待で今もなお苦しんでいること
  2. 両親が結婚を妨害したおかげで子供を産む時期が私にはなくなったこと
  3. 私の喘息は汚家起因で今もなお喘息で苦しんでいること

どれもこれも言ったからとて最早どうしようもないことなのですが、原因を作った人間におまえらが悪いんやぞ!っていうのだけはどうしても言っておきたかったのです。

7年の時間と距離をとったからこそ

物理的な距離をあけ、時間的にも距離をあけたからこそお互いにほどよい距離感が取れるようになったのかもしれません。昔だと怒り狂っていた父も文句は言いたそうでしたが私の話を黙って聞いていました。

そしてどうしようもなかった父から、子供たちに愛情が足りなかったという言葉が聞けて、それだけでも救われたような気がしました。

過去は取り戻せませんし、未来もべったり仲良くするつもりなどありませんが、音信不通でモヤモヤしている状態から解放されていまはとてもスッキリした気持ちです。

距離感がまたうまくつかめなくなってきたら距離を離せばいいので、昔と違って逃げる場所があると家族付き合いもラクになりますね。心の重荷を一つ下ろした6月終盤でした。

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